日々徒然

25年前と今

私は、高校生の時に今住んでいる場所からほど近い町に留学していました。

時は1990年代前半です。

そして、25年たった今、またカリフォルニアに戻ってきました。私の大好きなアメリカは、何も変わることなく相変わらず、大好きな場所だなと思いました。でもやはりあれから四半世紀も経っているわけですから、昔と違うんだなと思うこともあります。その違いをシェアしたいと思います。私の感覚として。

昔ほど、挨拶しない

これは、アメリカに来て最初に感じました。でも、日本と比較すると十分、他人同士の挨拶もしています。25年前のアメリカと比較して、という意味です。

90年代

  • すれ違うだけで、誰とでもスマイルして、Hello, how are you?と声かけあった。
  • 挨拶ではないですが、当時はカップル同氏は人前でものすごいイチャイチャしてました。ディープキスとか高校生は学校でも普通でした。

2018年

  • ちょっと口角を上げてスマイルします。時々人によってはHi!と言ってくれます。すれ違うだけでは、挨拶はさほどなく、目があえばスマイルという感じです。
  • 90年代ほどのイチャイチャはないですが、節度のあるイチャイチャ程度です。

昔より、安全になった

私の住む町ではギャングを見ません。昔はいました。町が明るい雰囲気を感じるためか、安全になったなと感じます。

90年代

  • すぐに、車を盗まれる。または、壊されて中のものを盗まれる可能性がありました。なので、ハンドルにはしっかりとセキュリティバーをかけて、ラジオは抜き差しができるタイプ(はめ込みタイプだった)のもので車から離れるときはラジオを抜き取り、トランクに入れておきます。
  • ガソリンスタンドや、お店のトイレには鍵がかかっています。必ず、店員に伝え、鍵をもらってトイレを借ります。(ハワイのスタバでは暗証番号を聞いてドアを開けるタイプも今でもありました)
  • お店や銀行などの窓口には、窓口と顧客の間がガラス張りだった。これもセキュリティの観点からでしょう。
  • 荷物から目を離すとすぐに盗まれる。

2018年

  • 車自体にセキュリティをかけているので昔のような心配は不要になった。
    ただ、私は未だに心配です。友人が時々、バックパックを車に置いておこうとするので、必ずトランクに入れてもらうようにするか、短時間であれば、ジャケットやブランケットをバックパックの上からかけておくようにします。
  • お店のサービスが良くなってる気がする。昔は明らかに態度に出る店員がたくさんいましたが、今は態度の悪い店員にまだであったことがありません。多少気の利かない人はいても。

昔は、アイスコーヒーがなかったような?!

昔っから、アイスコーヒーってありましたかね?私は心あたりがないです。というのも、昔、レストランで友人がアイスコーヒーを頼んだら、そんなものないといわれ、たっぷりの氷の入ったグラスに、ホットコーヒーを注がれてました。(最初からアイスコーヒーとして作るのではなく、「氷入りホットコーヒー」)

90年代

  • 主流の冷たい飲み物は、アイスティーかレモネードでした。アイスティーはお替り自由です。なくなればいくらでも、注いでくれました。暖かい飲み物の場合はコーヒーをいくらでも注いでくれました。レストランに何時間でもこのコーヒーで粘ってました。
  • もちろん当時はスターバックスはありませんでした。コーヒーを飲みたければ、ドーナツショップでオーダーして学校へ持って行ってました。

2018年

  • バラエティーに富んだ飲み物がたくさんあります。しかし、今も昔もメインはコーヒーですよね。若い人の中には、コーヒーよりチャイを好んで飲んでる人よく見かけます。
  • スムージーだけのお店は昔はありませんでした。Jumba Juiceの店舗を本当によく見かけます。

昔はアジア人をほとんど見かけなかった

高校時代、私の学校は全校生徒が2000人近くいたと思います。1学年500人程度。とにかく人数の多い学校でした。というか、第二次ベビーブーム時代の頃だったので、生徒の数は多かったです。その中でも、日本人は私を含めて4人しかいませんでした。

90年代

  • 私の学校や周りに限ったことになるかもしれませんが、本当にアジア人は少なかったです。上記で日本人は学校で4人とありますが、全員が留学生でした。アジア人の中でも、よく見かけたのが、ベトナム人です。アジア人の中では一番多い人種だったと思います。ベトナム戦争後に生まれた子供たちでしょうか。当時は中国人は見かけませんでした。韓国人も一人クラスメートにいました。
  • 当時もESLのクラスをとっていましたが、そこにアジア人はいませんでした。ESLのクラスには今も昔もメキシコ人が圧倒的に多いですが、次に多かったのは、ヨーロッパからの難民やボスニアヘルツェゴビナから逃れてきた人たちです。身近で戦争している国から来た人を初めて見ました。本当に悲惨な話をたくさん聞いて、日本って平和ボケしてるんだなと感じたのを今でも覚えています。

2018年

  • 圧倒的に中国人が多いです。この25年の間に中国人の海外渡航も緩和されましたし、金持ち中国人は、よりよい環境を求めてアメリカに渡ってきています。
  • 同じく、韓国人も多いです。韓国人も同様に、よりよい環境を求めてアメリカに来ています。
  • アジアンレストランも多く見かけるようになりました。そして、アメリカ人は箸の持ち方を知っています。当時は箸を持つアメリカ人をあまり見かけませんでした。アジアンレストランに行ってもフォークで食べてました。
  • 私の大好物の1つにタコがあります。90年代にタコを食べる話をしたら、すごく気持ち悪がられましたが、今では普通にタコ料理がレストランにあります!

昔は、自動販売機が檻に入っていた

90年代

  • 今ではまず見かけませんが、自動販売機が檻に入っていたんです。やはりこれも安全面からの理由ですが、物品やお金を自動販売機を壊して盗んでいくということがありますので、檻に入っていて、お金入れるところと物が出てくるところだけ、鉄の柵がない檻でした。

2018年

  • 檻に入った自販機は見かけません。
  • 日本のように種類は多くありませんが、ジュースやお菓子が自販機で普通に購入できます。クレジットカードやデビットカードで購入するのが主流になってきました。

今も昔も、移民多し

トランプ大統領になってから移民問題が世界に知られていますが、今も昔も移民問題はありました。もちろん昔も取り締まりをしていました。当時、国境を夜中に家族と渡ってきたというクラスメートもいましたし、不法に国境を渡ってくる従弟を迎えに行くと夜中にルームメイトが出かけて行った記憶も今でも鮮明です。ESLのクラスには不法移民がたくさんいました。彼らのほとんどは家族での移民ではなく子供たちだけを親戚の家に預け教育を受けていました。家族での移民は危険が伴いますから。当時はなぜ、明らかに不法なのに取り締まらないのかな?という不思議な気持ちがありましたが、法律的には違法だけど、学校内では取り締まることなくアメリカ人と同じように同じ教育を受けていました。この点は、教育はみんなに平等なんだと感心しました。なんと寛大な国なんだろうと感激したことも覚えています。そんな彼らがアメリカを支えています。

コンビニも、ファストフード店も移民のスタッフなしには成り立たないでしょう。ビバリーヒルズあたりに住む、richなアメリカ人のメイドもメキシコ人です。ホームセンターの駐車場で仕事をもらおうと待機している中南米系の人たちもいます。

不法入国していること自体、私は反対です。が、自国に問題を抱え、経済が安定せず、危険な国にいるよりも、少しでもよい教育を子供に受けさせてやりたいと願う親の思いが痛いほど伝わってきます。

長々、自分の思う25年前と今を取り留めなく書いてみました。懐かしさでいっぱいになってきました。

いつも読んでいただきありがとうございます。